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まちかどエッセー(3)

2/8(月)河北新報夕刊より。

kahoku3.jpg

※河北新報社様の許可を頂いて画像掲載しております。クリックで拡大します。
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コメント

ご紹介させていただきました

こんにちは。
素晴らしい記事なので、
わたしの掲示板で紹介いたしました。
http://maho2008.bbs.fc2.com/

そうですね。
わたしも、もし明日が来ないなら、
何が無念かと考えました。
できることをしなかったら、
きっと無念だと思いました。
ですから、今すぐにでも、無念だと思う生き方は
やめようと思いました。
今を精いっぱい生きたら、それで満足です。

いい記事のご紹介、ありがとうございました。
もうすぐ、もうすぐ、春ですね。

No title

エッセーのタイトルは、「まちかど説法」のほうがよいかも(笑)。
とても共感できる内容で、楽しく拝読させていただきました。
死を穢れや忌まわしいものと捉える宗教観は、本来仏教には無いはずのものなのに、神仏混淆の日本人の宗教観の中では、感覚的に区別ができにくいものになっていますよね。死を日常から遠ざけたいという我々の本能が、死というものを直視しにくい対象にしているのでしょうか。自分自身を含めて、両親も子ども達も、突然の不条理な死から逃れ得ない存在だとどうやれば達観できるものなのでしょうね。18才の当時友人の死に立ち会った頃時、死という不条理(昨日まで人生の時間を確かに共有していたはずの相手と、もうこの世で二度と逢うことは無いという事実)が当時はどうしても受け止めきれず、表現ができず、素直に悲しむこと・涙を流して泣くことができなかった苦い記憶があります。

No title

>まほさま
こんにちは!お返事が遅くなりましてすみませんでした。ご紹介頂きありがとうございます。
本当にそうですね、私も「やればできたはずだったのに、やらなかった」という後悔が一番恐いと思います。結果云々ではなくて、自分に与えられた条件化で、やるだけのことはやった、と思えるかどうか。
私のお葬式の席で、和公さんの人生は立派だった、幸せだった、と色んな人が言うかもしれませんが(多分…)、本当にいい人生だったかどうかは、死ぬ間際の私自身が一番良く分かるはずです。だからこそ恐い。自分に嘘はつけませんから。
まだまだ今日も雪ですが、よい春をお迎え下さい。

>anchanさま
死が不条理だと思えること自体が、顛倒ですね。
がんセンターにお勤めのあるお医者様のお話では、農業関係のお仕事の方はご自身の死をわりと素直に受け入れることができるそうです。日々大自然の中で、動植物の命の営みを目の当たりにしているからだろうか、とおっしゃっていました。
昔のお葬式は、死後硬直した遺体、腐食した遺体を数人がかりでお棺に詰めるなど、「死の実体」を目の当たりにせざるを得ないようなものでした。死亡率も高かった。それでも、どんな時代でも、死をわがものと捉えることは難しいから、くりかえしくりかえし死について説かれているのでしょうね。

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Re: No title

>非公開さま
拝見いたしました。
悟っていない私たちは誰しも、死を本当に我がものと感じて、今を十全に生きることは難しいのです。最初からできていたら苦労しません。修行する必要もありません。
「何も変わらない」ということは、ないと思いますよ。大切な方を亡くす前と、その後では、変わらないはずがありません。今も変わり続けていますよ。

No title

 お父さんのお示しと和公さんが仏縁をいただいていかれたご縁にとても感銘しました。失われているものに出会えた気持ちがしたです。
 私もこれからは今生の死から後生の解決へとさらにつなげられたらなぁと勇気づけられたような気がしました。

Re: No title

>saishoさま
実は、当時の父の年齢と今の私はだいたい同じ年なのです…。自分が親になってだんだん年をとってくるごとに、欠点も含めて自分の父って面白い人だったんだなぁと思います。いや、まだ元気で働いていますが。

No title

私が、3歳の頃母方の祖母が亡くなりました。
なので、祖母の記憶は残念ながら全く無いのですが、
一度だけ私が高校生の頃、実家の茶の間に、
ごま塩っぽい白髪で、小さな小さな背中を丸めたお婆さんが、
座布団にちんまりと座って私を凝視していました。
隣にいた父にその状況・特徴を伝えると「母方の祖母」でした。
(他の家族には、見えませんでした)

それからまもなく、父が脳出血で倒れました。
奇跡的に命は助かったものの…介護生活20数年。
一昨年、旅立ちました。
最初の手術から意識が戻った時に、父が話した言葉が
「俺の足元に、母さんがいる。ほら、そこ。」
と不自由な手で指を指して・・・ 
はい。確かにいらっしゃいました。(やっぱり他の家族は、みえないんですよね)
祖母は、何かを伝えたかったのでしょうか・・・?

私は、何かと感じやすい体質のようです。。。
本人は、生死の境目を感じていないお気楽な性分なので、
あまり気にしていませんが・・(苦笑)

幼き頃から、身内・友人・知人と、たくさんたくさん『お見送り』して参りました。
亡くなる直前、亡くなった直後、本人が来てくれることがあります。ありがたいことに。。。
その度に「お疲れ様。またよろしくね。」と心の中で伝えます。
これでいいかどうかは、わかりませんが・・・。

実母は、1日おきに人工透析を行っております。
まだまだ介護生活は、続きそうです。

そして、私自身も自分を傷つけること数回・・・
(まだまだ修業がたりませぬ。)

父が倒れた年齢(45歳)に近づくにつれ、
最近は、自分自身の身辺整理を少しずつしております。
何があっても、いつもどおり穏やかに、なるべく迷惑をかけずに、
その日を迎えられるように・・・。

「なんちゃって絵描き屋さん」として作品は、まだまだ描き続けるつもりですが…(汗)

長文、誠に失礼致しました。

Re: No title

>もりごんさま
そうでしたね、最初にお会いしたときにお父様のお葬式の話をお伺いしたんですものね。
倒れてから20年ですか。お父様も、ご家族様も本当に頑張られましたね。
私ももりごんさまも、いつどんな形で今生の縁が尽きるのか分かりませんが、「いつもどおり穏やかに」迎えたいのは山々ですね。うちは10歳差夫婦ですが、私のほうがさっさと行きそうな気がするので(笑
生涯に良い作品をたくさん残してくださいね。

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